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名古屋地方裁判所 昭和59年(ワ)1248号 判決 1985年11月15日

原告

株式会社富士銀行

右代表者

荒木義朗

右訴訟代理人

佐治良三

被告

水野一明

右訴訟代理人

齋藤哲夫

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金一七〇〇万円及びこれに対する昭和五九年五月一二日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  被告は、昭和五一年一月ころ、原告名古屋支店と、以下の事項を含む普通預金契約を締結した。

(一) この預金口座には、現金のほか、手形、小切手、配当金領収書その他の証券で直ちに取立のできるもの(以下「証券類」という。)ならびに為替による振込金も受入れる。

(二) 証券類は、受入店で取立て、不渡返還時限の経過後その決済を確認したうえでなければ、受入れた証券類の金額にかかる預金の払戻しはできない。

(三) 受入れた証券類が不渡りとなつたときは預金にならない。この場合は、直ちにその通知を届出の住所宛に発信するとともに、その金額を普通預金元帳から引落し、その証券類は当店で返却する。

右普通預金契約第(三)項は、証券類が不渡りになつたにもかかわらず、その金額にかかる預金の払戻しをした場合には、原告は、預金者に対し、右金員の返還を請求しうるという趣旨を含むものである。

2  被告は、昭和五九年二月二一日、原告名古屋支店に別紙目録記載の約束手形(以下「本件手形」という。)一通を交付してその取立を委任し、かつ取立済のうえは、取立金額一七〇〇万円を普通預金として寄託する旨約した。

3  右預金契約は、不渡返還期限を経過するまでは本件手形の不渡りがないことを停止条件としているところ、本件手形は、昭和五九年二月二七日不渡りとなつた。

4  原告は、右同日午後一時五〇分ころ、被告の預金払戻し請求に応じて、右手形金額に相当する一七〇〇万円を被告に支払つた。

よつて、原告は、被告に対し、主位的に、本件手形の取立委任契約に附随する金員返還請求権に基づき、予備的に、被告は、法律上の原因なくして本件手形金相当額を利得し、原告は同額の損失を被つているので、不当利得返還請求権に基づき、金一七〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和五九年五月一二日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1の事実のうち、普通預金契約第(三)項が、預金者に対し、金員の返還を請求しうる趣旨を含むものであることは否認し、その余は認める。

2  同2及び3の事実は認める。

3  同4の事実は認めるが、本件手形の取立委任及び払戻し請求は、訴外株式会社ワールド代表取締役井上路生(通称井上義広、以下「井上」という。)の依頼によつてなされたものであり、払戻しを受けた金員は、直ちに井上に交付されているから、被告には何らの利得もない。

三  抗弁(予備的請求に対し)

被告が、原告から払戻しを受けた一七〇〇万円は、払戻し後直ちに井上に交付され、被告の手許には残存しておらず、かつ、被告が原告から右払戻金を得ないとすれば、被告が他の財産を費消して井上に対し支払をなすべき事情は存しないから、被告の受けた利益は現存しない。

四  抗弁に対する認否

抗弁の事実は否認する。

第三  証拠関係<省略>

理由

第一主位的請求について

一請求の原因1の事実のうち、原告と被告が、昭和五一年一月ころ、(一)ないし(三)の事項を含む普通預金契約を締結したことは、当事者間に争いがない。

二次に、右普通預金契約第(三)項(成立に争いのない甲第三号証普通預金規定3項の(2)、以下「本件条項」という。)が、原告主張の如き金員返還請求権をも規定したものと解しうるか否かについて検討する。証人浜野幸廣は、本件条項は、通常の場合を主眼として明記されたものであり、誤つて不渡り金を支払つた場合は、その記載がなくても返金してもらうことが前提になつており、原告は、昭和四四年ころまでは、普通預金規程に右返金義務を明記していたと証言する。しかしながら、本件条項は、甲第三号証記載の3項(1)と相俟つて、手形・小切手による入金の場合には、手形交換所における決済により資金化した時に預金契約が成立し、元帳に記入されるが、不渡りになつた場合には結局預金契約は成立せず、元帳から抹消することを規定しているにすぎず、本件条項をもつて、直ちに原告主張の如き返金義務まで規定していると解することは困難である。普通預金は、当座預金などと異なり、営業者以外の者も多く利用する預金であるから、その取引約款の解釈に当つては、銀行のみの都合を優先して拡大解釈することはできないものと言わなければならない。もつとも、成立に争いのない甲第四号証記載の4項には、「手形などの証券が不渡りとなつたときは直ちに代り金をお振り込み願います。」と規定されているが、右は、その記載の体裁から見て、むしろ証券が不渡りになつた時には、代り金の入金があれば例外的に入金の取り消しをしない旨を規定したものと解され、従つて、右記載をもつて、原告主張の返金義務を明記した規程と言うことはできず、その他、原告の主張を裏付けるに足りる証拠はない。

三以上のとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、原告の主位的請求は、理由がない。

第二予備的請求について

一請求の原因事実のうち、原告と被告との間に、昭和五九年二月二一日、本件手形金の取立委任と取立金を預金とする契約が成立したが、同月二七日、本件手形が不渡りとなつたため、預金契約は不成立に終わり、被告の右預金契約に基づく本件手形金相当額金一七〇〇万円の普通預金口座からの払出しが法律上の原因を欠くに到つたこと、及び、このために原告が右金員と同額の損失を被つたことについては、当事者間に争いがない。

二次に、被告が原告の財産により利益を受けたか否かについて判断するに、そもそも金銭所有権は、常に占有の所在に伴つて移転するのであるから、例え、被告の原告に対する本件手形の取立委任及び払戻し請求が、井上の依頼によつてなされたものであるとしても、原告からの払戻し金は、現実の受領者たる被告の所有に一旦帰属したものと解することができる。従つて、被告は、原告の財産により利益を受けたものであることは明らかである。

三そこで、抗弁(利得の不現存)について検討する。

1  証人石川兼雄の証言及び被告本人尋問の結果によれば、被告は、昭和五九年二月二一日ころ、自己の勤務するワールドプロデウス株式会社の代表取締役井上から本件手形の取立を依頼され、まず石川兼雄が、次いで被告が、本件手形の裏書譲渡を受けたこと、同月二七日に、被告が原告から払戻しを受けた金一七〇〇万円は、右払戻し後直ちに井上に交付され、被告の手許に残存していないことを認めることができる。

2 前示認定によれば、被告は、原告から金一七〇〇万円の支払があれば右金員を井上へ交付するが、本件手形が不渡りになれば井上に交付する義務がないことを当然の前提として井上から本件手形の取立を受任したものであることは明らかであり、被告は、金一七〇〇万円が原告から支払われたからこそ井上へ交付したのであつて(被告は、本人尋問において、もし、入金されていなければ、不渡りの手形をもらつてワールドへ帰るつもりだつたと供述している。)、被告による右金員の取得と喪失は密接不可分な関係にあつたものである。そして、右以外には、当時被告において井上に対し右金員の支払をなすべき事情は、本件全証拠によつても認められないから、右一七〇〇万円の取得及び喪失がなければ、被告が他の財産を消費したと見ることはできない。

3 従つて、被告が返還すべき利益は現存しないというべきであり、抗弁は理由がある。

四そうであれば、原告の不当利得の請求も理由がない。

第三結論

よつて、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官大内捷司)

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